君は童貞だろう。ちっとも美しい童貞じゃない。女にもモテず、商売女を買う勇気も持てない。それだけのことだ。君が童貞同士で付き合おうと思って俺に話しかけようってんなら、それは間違っているぜ。俺の童貞脱却の顛末を話してやろう。——
三島由紀夫の代表作『金閣寺』でこんなセリフがあります。
それを原作にした市川崑による映画『炎上』において、若き仲代達矢があのニヒル顔でそんなセリフを主人公に吐きかけるのですが、もうビクビクッとなりますね。
マッチョ保守派なイメージの強い三島ですが、彼は元来、軟弱で極めて神経質な人でした。そんな自分がイヤなため、肉体改造をし、ある種の道具として「伝統保守思想」にかぶれたにすぎません。
ただ彼の肉体は、観念を追い越すことは決してなかったのです。それゆえ、自衛隊駐屯地でのハラキリ・ショーまでした。壊したいほど美しすぎる金閣寺、それはどんな戦争に巻き込まれようが、決して破壊されなかった。だから、俺が燃やすしかない!……それと全く一緒なのです(三島にとっての金閣寺=昭和天皇、という説も唱えられますが)。
童貞について、彼はこんなことを書いています。
「童貞は美しい存在であるはずだが、それは自分自身を穢したくないというガラスのような潔癖性と、それを解消したいが、失うことによって自分が醜くなるという恐怖。そんなアンビバレンス的結晶を常に有し、逆に醜悪な存在として映るのである……」
『魔法少女まどか☆マギカ』でいう、ソウルジェムが濁った状態ですかね。
たとえば電車に乗ると、ボサボサな髪とゲジゲジな眉毛、うっすら生えている口周りのヒゲ、首が座っていない赤ん坊みたいに姿勢がだらしなく、どこかザーメン臭が漂ってきそうな男子高生、とよく遭遇します。
私見によれば、彼らは進学校の学生であり、男子校であることが多い。ゆえに、女子との接点は皆無。なので、車内に女子高生が入って来たら、神の沈黙(by 遠藤周作)と聖テレジアの恍惚(by ベルニーニ)感がその場を包み、急いで家に返っては、限りなく透明に近いブルー(by 村上龍)を発するのです……
童貞心(どうていごころ)を強く抱く人は、夢の住民であります。
前回の記事でも書きましたが、彼らは極めて理想が高く、常に現実を否定します。
たとえどんなに美しい彼女や妻ができても、それは埋められることはありません。絶対に!
フロイトは、エロスとタナトスという言葉を使い、「生への欲動」と「死への欲動」を対比させました。
その矛盾の衝突が、童貞心有段者の顕著な言動なのです……すくなくとも、わたしの場合はっ!
たとえば、先程の男子高生は、限りなく透明に近いブルー(というか、白濁?)を放ったあと、なにを思うでしょう。
「死」です。
強烈な脱力感、虚無感、超絶自己嫌悪……さっきまでのエロス的欲求はミルクセーキみたいにベタつきながら溶けていって、「死後はあるのだろうか?」などと答えのない問いが頭に浮かび、なぜか知らないけど「量子力学」について調べては時間を潰し、そしてまた、第2ラウンド目のゴングが鳴り響くのです……
いわば彼は、「見つかりようのない探し物」を永遠探しているのです。
「探し物」といえば、この歌。
探し物はなんですか
見つけにくいものですか
カバンの中も机の中も
探したけれど見つからないのにまだまだ探す気ですか
それより僕と踊りませんか
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか
どう解釈しても、謎のハッパを探しに来た手錠とチャカを持っている人たちとの歌、だというのは言うまでもありません。というか、有名か。
実際、これを歌った井上陽水は、その後、お縄になったし。
で、童貞心とつなげると、「それより僕と踊りませんか」というフレーズ。
これ、怖くないですか?
「まだ探しているの?ねえ、まだ?」
と、聞いていたのに、急に「ねえ、もういいから踊らない?」と言うんですよ?
論理展開ヤバ過ぎでしょう。
というか、意味深長すぎます……「踊る」って、ねえ……
などという妄想を、童貞心有段者は、よくします。
『夢の中へ』に沿って話せば、最終的にはサイケデリックなサビになるんですよ。
だって、
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと 思いませんか
ウフフ〜 ウフフ〜
ウフフ〜 さーあー
ですよ。
もうめちゃくちゃ!
でも、童貞心有段者(黒帯)たるわたしには、よく分かるのです。
「もう探し物(異性とか)なんて見つかんないんだから、自分で愉しめることでもしよっと〜」
そんな感じでは。
最後に。
——漢心(からごころ)あれば、大和心(やまとごころ)あり——
と言ったのは、日本最大の国学者、本居宣長でありますが、甘いよ!
なぜそこに、童貞心(どうていごころ)を見出さなかったか!
……もっとも、「童貞」なる概念は明治からの輸入品ですから、誰もそんなこと重視してなかったかもしれません……ああ、なんか史学的考察も必要になりそうで、わたしの脳内CPUとストレージが限界来そうですよ!
——シューベルト『交響曲7番(未完成)』と、結束バンド『星座になれたら』と、Nas『Illmatic』を聞きながら